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山口地方裁判所 昭和37年(ヨ)5号 判決

判  決

防府市三田尻本町

申請人

堂園房信

右訴訟代理人弁護士

田中堯平

同復代理人弁護士

於保睦

同市東佐波令一〇〇番地

被申請人

鐘紡労働組合防府支部

右代表者

大谷泰

右訴訟代理人弁護士

広沢道彦

右当事者間の昭和三七年(ヨ)第五号身分保全仮処分申請事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

被申請人が申請人に対し、昭和三七年一月二五日付通知書をもつてなした権利停止処分の効力は本案判決確定に至るまで仮にこれを停止する。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

申請人は主文第一項同旨の裁判を、被申請人は「申請人の申請を却下する。」との裁判を求めた。

第二、申請の理由

(被保全権利)

一、申請人は被申請人鐘紡労働組合防府支部(以下単に支部と呼ぶ)の組合員である。

二、支部は、申請人に対し、昭和三七年一月二五日付通知書をもつて、申請人が支部組合員として保有する権利のうち次の諸権利を同日より六ケ月間停止する処分をした。

(1) 支部役員となり、又は支部役員を選挙し、機関と役員の行動について、報告を求め、大会その他定められた機関で自由に意見を発表し決議する権利。

(2) 帳簿文書を閲覧する権利。

(3) 支部規約の定める統制事項に反しない限り、自由に自己の意思を表示する権利。

(4) 支部の各種事業の特典をうける権利。

三、右通知書には処分理由が明示されていないが前後の事情により次のとおりと考えられる。

(1) 申請外長周新聞社(以下単に長周新聞と呼ぶ)が、昭和三六年九月三日付で発行した新聞紙上に、その頃支部がなした賃上げ斗争に関し、「揺ぶつた下部労働者、鐘紡防府全繊賃上げ斗争」の見出しのもとに、その争諸経過ならびに一部組合幹部の労資協調的傾向に対する批判的記事(以下単に本件記事と呼ぶ)が掲載されたが、右記事は支部に敵意をもち、故意に事実をまげて支部を誹謗したものであること。

(2) 右記事の資料提供者は、その態度全般から申請人であると推断出来ること。

(3) 右申請人の行為は、支部規約六二条四号「支部に重大な損害を与え又は支部としての体面を汚す行為」に該当すること。

四  しかしながら右権利停止処分はつぎの理由により無効である。

(1) 申請人は、長周新聞に対して、本件記事の資料を提供したことはない。支部が申請人を右資料提供者と認定した強力なよりどころとしている審査委員会作成の参考人供述録取書の内容は、供述通りの記載がなされておらず、信憑性がない。

(2) 仮りに申請人が右記事の資料を長周新聞に提供したとしても、長周新聞としては、記事の取材にはあらゆる報道網を駆使し、集つた資料の取捨選択を経て編集をなすものであるから本件記事が直ちに申請人の提供した資料に基いて作成されたものであるとは言えない。

(3) 仮りに申請人が右資料の提供をなしたとしても、それは国民の基本的人権として憲法の保障する表現の自由によるものであつて、何人もこれを制圧しうべきものではない。

(4) 本件記事はその大綱において、事実を正確に報道している。そしてそれは支部千数百名の労働者に対し、共に手を携えて前進しようという建設的配慮からなされたものである。仮りに本件記事と事実との間に些少な点で喰い違いがあつたとしても、それによつて支部が損害を蒙るという程のものではなく、支部の体面を汚すものでもない。若しそのようなことがあつたとしても、記事には全責任を持つ長周新聞の責任であつて、申請人が資料提供者であつたとしてもその責に帰せられるいわれはない。

(5) 支部は鐘紡労働組合防府支部規約(以下単に支部規約と呼ぶ)六二条四号を本件機利停止処分の根拠規定としている如くみられる。同条項は「……又は支部としての名誉体面を汚す行為のあつた時」と規定しているところ、右規定の上位規範としては、鐘紡労働組合規約(以下単に本部規約と呼ぶ)六三号があり、これには「……又は組合員としての体面を汚す行為のあつた時」と規定されている。下位規範は上位規範に拘束される。即ち支部規約は本部規約に違背しない限度において効力を有するものであるところ、本部規約は組合員としての体面を汚す行為を対象としているのに対し、支部規約は支部としての対面を汚す行為を処分の対象にしている。両者の間には質的な差異があり、支部規約は本部規約の規制している範疇を逸脱している。従つて、右支部規約の条項は無効なものである。無効な右支部規約六二条四号に準拠してなされた本件機利停止処分は当然に無効たらざるを得ない。

(6) 支部は本件権利停止処分は、鐘紡労働組合防府支部懲罰手続規程(以下単に支部懲罰規定と呼ぶ)に準拠してなしたものである旨主張している。支部規約六三条二項二号によれば、権利停止処分は大会決議事項である。処が、支部規約六八条に基いて制定された支部懲罰手続規程二条ないし五条によれば懲罰処分はすべて代議員の決定するところとなつている。従つて、権利停止処分に関しては右支部懲罰手続規程約六三条二項二号に違反し、全面的に無効である。そうすると、支部は権利停止処分に関する懲罰手続規程を有しないことになり、結局申請人に対する本件権利停止処分は手続規程なくしてなされたものであり無効な処分である。

(7) 仮りに権利停止処分に関し支部懲罰手続規程が有効であるとするならば、権利停止処分の命令書には同規程五条二項二、三号により「認定した事実」と「理由」の記載が必要であるところ、本件権利停止処分の通知書にはこれが記載されていないので、結局本件権利停止処分は無効である。

(8) 支部は申請人に対し、充分な弁明の機会を台えず従つて事実についての綿密な調査をしないで処分した違法をおかしている。即ち、申請人は支部執行部に対し、弁明のためビラを工場内で配布させてくれと要求したが、支部執行部はこれを許さず、のみならず、弁明のため隣り合わせの休憩室に行くことさえも事実上これを禁止した。一方支部執行部は、昭和三七年一月二二日頃の支部大会において、支部執行部の旗色が悪かつたため、処分賛否の投票日を目前にして、「記事提供者は申請人であること」「審査委員会は公正であり正しい判断をしていること」を支部ニュース(支部情宣部発行)に掲載し、これを支部組合員に配布して真相を知らない支部組合員に一方的な見解を押しつけ、その判断を誤らせ本件大会の決定をなすに至らしめたものである。被申請人の右所為は支部規約六六条に違背し、被懲罰者に十分な弁明の機会を与えなかつたものであると共に、公正を欠く方法により大会決議における多数を獲得したものであるから右大会の決定は無効である。

(9) 仮りに以上の主張が理由がないとしても本件権利停止処分は左の点において無効であるか或は不相当である。

(イ) 権利停止期間六ケ月は長期に過ぎ不相当である。

(ロ) 前記権利停止条項中(1)後段の意見を発表し決議する権利(2)ないし(4)の権利を停止する処分は憲法一四条、二九条、三一条に違反し無効である。無効でなくても不相当である。

(保全の必要性)

申請人は本件権利停止処分が存在するため、当該権利を行使することができず、組合活動に重大な支障を来しているのみならずその精神的苦痛と経済的損失は償うべからざるものがある。

そして右処分の終期は昭和三七年七月二四日であるから、本案訴訟で勝訴判決を得てもその時に右期間が経過してしまつているおそれがあり、そうなつては右損害の回復できないことは明白である。

これに反し、本件仮処分申請が認められることにより支部の蒙る不利益は皆無に等しい。即ち、本件権利停止処分により停止された諸権利を、申請人に直ちに行使させた処で支部は何等損害を蒙らないこと多言を要しない。

申請人は、支部に対する本件権利停止処分無効確認の訴を提起しているが、以上の理由により本案判決確定に至るまで、本件権利停止処分の効力を仮りに停止する旨の裁判を求めるため申立に及ぶ。

(裁申請人の主張に対する答弁)

被申請人主張二(一)の「虚報事実」(3)記載のとおり原文に、支部が「タレ流し」をした旨報じているが、その事実はなく、真相は支部が「食いのばし」をしたことを誤り報じたものである、しかし、右の様に表現は違つていても「食いのばし」をしたことにより労働強化になつたのであるから、実質的に右記事と真相とは余り違いはない。その余の(1)ないし(8)の点の記事は事実と相違なく被申請人の右の点の主張はこれを否認する。

第三、被申請人の答弁

一、申請人が支部の組合員であり、申請人主張のとおり支部が申請人を権利停止処分に付したことは認める。

本件権利停止処分が無効である旨の申請人の主張は争う。

二、右処分の理由は次のとおりであつて、実体的理由と正当な手続に基いてなされたものであり何等無効とされる理由はない。

(一)  虚報事実

本件記事(三面左半分八段にわたる)は、明らかに支部に対して敵意をもち、故意に事実をまけて支部を誹謗し、組合員及び社会一般に支部に対する誤解をいだかせようとするものであつた。即ち

(1) 原文に「実際には(本紙既報のように岩国東洋紡でもやられたことであるが)運転量を減らして操業を行つた」と書いているが、支部はストライキ指令通り昭和三六年八月一七日午前一〇時ストライキ突入と同時に完全に仕込みを停止したのであるから原文は虚報による誹謗である。

(2) 原文に『組合事務所に入つて幹部に聞いてみると「一二〇時間のワクは決められているがその間どうしろとは決めていない。という返事である。この言葉の背後には労使とともストは一二〇時間の間に妥結する可能性がある云々」という考えがある。』と書いているが、組合側としては、この争議は長期深刻化すると判断し、長期斗争態勢を確立している。殊に原文の「労使とも」とは組合側の斗争決意を故意に否定し、組合を誹謗する措辞である。

(3) 原文に「一二〇時間のタレ流しは後に尾を引いた」と書いているが、支部はストライキ突入後は完全に原料の仕入を停止し、仕掛品のみ製品化したのであるから、ストライキ突入後も原料を仕込んで製品化しないいわゆる「タレ流し」方式をしたのではない。原文は事実を歪曲した記事である。

(4) 原文に『拡斗で拒否された以上やる意志はない。という久野書記長に対し、大谷委員長は「出す」といい、はしなくも執行部の意志の不統一がバクロされた』と書いているが、執行部には何等意志の不統一はなかつた。即ち、真相は次のとおりである。支部はストライキ突入後一二〇時間以内に再開準備を完了して全員一斉退場する手筈であつた。然し、右一二〇時間経過後も残作業が片付かなかつた。この場合、工場(経営者側)、支部間で残作業に当る人員数を協定して、この残作業を完了すべきことは中央斗争委員会の示達にあるところで当然のことである。大谷斗争委員長は昭和三六年八月二二日の大会で経過報告と質疑応答の際この事を発言したのに対し久野書記長は「右大会の前に開かれた拡大斗委員会において右残業作業員について提案された人員が否決されたので、その人員ではやらない」旨を答弁した。かくてこの人員をいかにするかがその後の拡大斗争委員会で決定されることになつたに過ぎないのであつて、原文記載の如き執行委員の意志の不統一は全然ない。原文は執行部を誹謗し、支部組合員との離間策のための悪質な虚執である。

(5) 原文に『この中で小山中斗は「一二〇時間内にストは妥結すると考えて食いのばしをした……」と注目すべき発言をした』と書いているが、小山中央斗争委員はこのような発言をしていない。小山中斗は「会社の考え方の中に一二〇時間内にストは妥結するという楽観論のあたることをみぬけなかつた」と言つたのである。原文は捏造である。

(6) 原文に「しかし問題の一六〇人の協定勤務者については最早や現実に就労しているので、仕方がないということで認めることになつた。」と書いている。原文では八月二三日の大会で事後承認されたように受取れるが、実際には、八月二二日の大会の後の拡斗を経て工場、支部間の団体交渉で正式に決定され、これに基いて就労したのである。記事は真相をゆがめている。

(7) 原文に『この斗争の間二十一日には工場代表者会議(普通は支部三役と工場三役だが、斗争中は労使双方人数は増える。)で工場側がスト中にもかかわらず、ヌケヌケと「一部操業の再開をしてくれ」と提案、しかも組合側より「してもよいではないか」と堂々と述べる者もあり、反対意見が出て一応沙汰止みとなつたが、直後の組合拡斗の席上強硬に反対意見を述べた執行委員が「民主的組合というがおれの反対の意見を何故もつと取り上げてくれないのだ」と大谷委員長につめより、憤激の余りパンを入れる箱を床に投げ席をけつて退場する一幕もあつた。』と書いているが、これは悪質なデツチ上げの記事である。事実はつぎのとおりである。

八月二四日午前一〇時半頃支部斗争委員会を開き、支部大会の会場決定について討議中、大谷斗争委員長が議事整理のため渡辺斗争委員の発言を制したところ、同人が、自己の発言を封止されたものと誤解して激し、そばにあつたパンを入れる木箱をけつて一時退場したが、すぐ誤解が解けて正常に復した。そして同日午後一時過ぎから工場代表者会議があり、工場三役(工場長、技師長、人事課長)と支部三役(大谷斗争委員長、佐伯、久野両副斗争委員長)が会談し、工場側より中央よりの連絡では、当夜中に解決する見込みだから、最少限度の人員で操業開始の準備にかかつて貰いたい旨の提案がなされ、支部側はこれに対し、本部から未だ指令がないから応じられない旨回答してこれを拒絶し、工場側も支部の右態度を了解したもので、その場には他の組合員は居らず、従つて、組合側より「してもよいではないか」と述べたものも、これに対し反対意見を述べたものもいない。原文は、執行部に悪意をもち、虚構の事実によつて、執行部の運営が非民主的であるとの印象を植えつけ、内部混乱と組合員と執行部間の離反を策した虚報である。

(8) その他原文はその標題で揺ぶつた下部労働者」と言つているごとく、全体を通じて、今回の支部の争議体制が混乱したかのように書いているが、斗争は整然と行われたものである。

これを要するに原文は、全体として組合前進のための誠意ある建設的のものではなく、支部に悪意をもち、支部の正常な発展を破壊しようとたくらんだ、非難中傷の記事である。

(三)  手続

支部は、昭和三六年一〇月二〇日代議員会で支部懲罰手続規定二条及び三条により、審査委員会を設置し、同年二一日同委員会を開き、「本件記事に関する(イ)資料を提供した者(ロ)資料提借者を承知している者(ハ)資料を提供したと思われる人を承知している者」は同委員会に申出るよう全支部組合員に告示することを決め、同月二三日右告示をした。その結果同月二五日大谷泰より申請人が資料提供者である旨の申立があつたので、同委員会は同月二六日より右大谷及び申請人両名に対し証拠書類、答弁書等を提出せしめ、調査審問を開始した。次いで、同委員会は同月三一日より昭和三七年一月七日までの間、十数回にわたり同委員会を開催し、その間右両名ならびに参考人の審問等を行い。詳細な調査をした結果、同月八日委員会の結論として、申請人が本件記事の資料を提供し、この掲載に重要な役割を演じたものと認定し、前段掲記の虚報記事中、(1)(4)(5)の点は支部規約六二条四号、八号に(2)(3)(6)(7)(8)、の点は同条一号三号四号八号に各該当するものと認定し、同規約六三条二項により六ケ月間の権利停止処分を相当とする旨の意見書を同日代議員会に提出した。代議員会は同月一二日審査委員会の意見を答申原案通り採用決定した。よつて支部は同月一五、一六、二二日にわたり分割大会を開催して代議員会決定事項を提案説明し、同月二五日全支部員の直接無記名投票により、提案通り可決決定した。右大会における無記名投票の詳細は左のとおりでをる。

組合員数 一四九二名

投票総数 一四三五票

有効投票数 一四一〇票

賛成票数 九四九票

反対票数 三九七票

白票 六四票

無効票数 二五票

以上

よつて支部長は代議員会の右決定及び大会の決定に基き同日申請人を権利停止六ケ月の懲罰に処し、その旨の通知書を交付した。

(三)  認定の正当性

前記の如く支部審査委員会及び代議員が申請人を本件記事の資料提供者と断定したのは左記事実を綜合考察した結果であるから、右認定は合理性を有し、従つてこれに基く支部大会の決定及び本件処分も正当である。

1 申請人は昭和三六年一〇月一一日支部長大谷泰及び支部書記長久野隆の間に対し、本件記事の資料提供者が申請人であることを認めていること、

2 申請人は審査当時から本件記事の内容がおおむね真実の報道であつて誤報でないことを終始主張していること、

3 申請人は共産党員又は有力な共産党の活動家であり、一方長周新聞は共産党の地方機関紙であり、申請人は同紙防府支局長藤田某及び同紙関係者と共に党活動として定期的に会合していること。

4 申請人はかねてから左の如く長周新聞記事並びにビラを通して支部及び支部執行部に反感を表明していること、

(1) 長周新聞一九六〇年一一月六日号「奇妙な警告」

(2) 同   一九六一年三月二九日号「労組会社と共に鐘紡配転に積極協力」

(3) 同   一九六一年三月一九日号「役員立候補を妨害」

(4) 同   一九六一年三月二二日号「反省せぬ鐘紡労組幹部」

5 申請人が支部選挙管理委員会宛に提出した「異議の申立」の内容は組合内部のことで部内一定の範囲の者しか知らない筈であるのに、右と同一内容の記事が長周新聞に掲載されたこと、同紙は申請人個人の行動及び発言内容をよく詳細に掲載すること、

6 支部審査委員会が審査を開始してから本件処分発表までの間、長周新聞は申請人擁護の記事を屡々掲載したこと、

(四)  処分の必要性と相当性

以上の次第で申請人の本件記事の資料提供行為は、支部に悪意をもち、これによつて支部を誹謗せんとする反組合的意志の表示であり、対内的には積極的に組合の秩序をみだし、対外的には他の労働組合、或は経営者に対し支部の威信と信用を失ついせしめたものであり、これをこのまま放置すれば支部の維持発展に重大な障害を与えるものである。従つて、支部としては組合の統制のため右所為を厳重に処分する必要があるが、ユニオンシヨツプ協約があるため除名は退職に通じるので、今回は申請人に反省の機会を与えることとし権利停止処分に付することに止めたものであり支部の前記目的のためには右処分は必要最少限度のものである。

本件仮処分が許容されれば、申請人は直ちに活溌な反組合活動を展開することは必至であり、団結と統制を基調とする支部にとつて、到底容認し得られないところである。

以上の理由により、本件権利停止処分は正当であり、申請人の本件申請は全然理由がない。

第四  疏明(省略)

理由

一、申請人が支部組合員であり、被申請人が昭和三七年一月二五日付書面をもつて、申請人に対し申請人主張の権利停止処分をなしたことは当事者間に争いがない。

二、被申請人は、本件記事は、支部に悪意をもち、事実をまげて支部を誹謗し、支部の名誉体面を汚したものであり、申請人が右記事の資料を提供したものであるからその行為は当然支部規約六二条一号三号四号八号に該当する旨主張し、申請人はこれを争つているのでこの点について以下順次判断する。

(一)  本件記事について、

長周新聞が昭和三六年九月三日付で「揺ぶつた下部労働者、鐘紡防府全繊賃上げ斗争」の見出しで、同年八月一七日から行われた支部の賃上げ斗争に関する記事を掲載したこと及び右記事中には、被申請人の主張の虚報部分として指摘する記事のあることは当事者間に争いがない。

(疏明)を綜合すれば、つぎの事実を認めることができる。

「昭和三六年四月頃全繊同盟の綿紡部会に所属している被申請人は綿紡部会の指令に基く統一斗争として会社側に賃上げ等の要求書を提出して自主交渉にはいつたが妥結せず、中労委に申請して斡旋を求めたがこれによつても解決できなかつたため、更に自主交渉を続け、ついに全繊同盟綿紡部会の決定ならびに鐘紡中央斗争委員会の指令によつて、同年八月一七日午前一〇時全面無期限ストライキに突入し、同日同時刻、仕込みを完全に停止したが、化繊部門であるため、中央指令により仕掛品だけを順次製品化することとし、一二〇時間後の同月二二日午前一〇時には機械の整備を終えてその運転を全部止め、完全に工場から退去する手筈でストライキ長期化に備えた。ところが、右二二日の朝にいたるも未だ予定の機械整備が完了していなかつた。右にいう「食いのばし」とは、ストライキ突入と同時に原料の仕込は停止するが、既に仕込済みの原料が製品化されてゆく工程を機械の運転量を減らすことにより普段より長時間かかるようにすることであり、これに対し本件記事中に出て来るいわゆる「タレ流し」とは、ストライキ突入後も原料の仕込を依然停止しない(この点で指令に違反することになる。)で、従つて機械もフル運転して置くが、この原料から繊維を仕上げることはせず、ビスコースのまま捨てて行く状態を継続する方法のことである。何れにしても支部としては、右一二〇時間経過後と雖も統一指令に従つて右機械の整備は完了しなければならなかつたが、その作業員の員数については工場、支部間で交渉してこれを決することになつていたため、同月二二日午前一〇時一先ず全員工場から退場した。同日開かれた拡大斗争委員会において、支部執行部が提案した右作業人員の員数は否決されたところ、これに引き続いて行われた組合大会において、右残作業の点について申請人その他から質問があり、久野副斗争委員長は「支部執行委員の提案した人員は拡大斗争委員会で否決されたからその人員ではやらない」旨答弁し、大谷斗争委員長は「右人員の点は別にして何れにしても統一指令の線に沿つて必要な人員で残作業は完了する」旨回答した。そして同日右大会後の拡大斗争委員会で右残作業につき一六〇人の協定勤務者を出すことに決定し、工場側とその旨了解しあつて残作業は翌二三日再開された。

なお争議中大会は毎日開かれたがストライキは整然と続けられ、同月二五日午後一〇時過ぎ右争議は妥結した。」

申請人本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は前掲各証拠に対比してにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

以上認定したところ末尾添附の本件記事を照合すれば本件記事内容の真偽如何は自らかであるが、これを被申請人主張二(一)の「虚報事実」の順に個別に判断すれば、

(1)  「実際には(本紙既報のように岩国東洋紡でもやられたことであるが)運転を減らして操業を行つた」との記事は前記認定のとおり、仕込みを完全に停止して一二〇時間の食いのばしにはいつていた事実を正確に伝えているとは言えない。

(2)  『組合事務所に入つて幹部に聞いて見ると、「一二〇時間のワクは決められているが、その間どうしろとは決めていない。」という返事である。この言葉の背後には労使とも「ストは一二〇時間の間に妥結する可能性がある云々」という考えがある。』との記事は、前認定の事実に微すれば組合側としては争議が長期化すると考えていたものと推定するのが相当であり、「食いのばし」も中央指令に基いてやつたのであるからその限りで、正確な判断ではない。

(3)  「一二〇時間のタレ流しは後に尾を引いた」という記事の「タレ流し」が「食いのばし」の誤りであることは当事者間に争いがない。

(4)  『「拡斗で拒否された以上やる意志はない。」という久野書記長に対し、大谷委員長は「出す」といい、はしなくも執行部の意志の不統一がバクロされた』との記事は、前認定の事実に反し、正しい報道とは言えない。

(5)  『この中で小山中斗は「一二〇時間内にストは妥結すると考えて食いのばしをした……」と注目すべき発言をした』との記事は、証人久野隆の証言及び被申請人代表者本人尋問の結果によつて明らかなように、小山中斗は「会社側は一二〇時間でストは妥結すると楽観していたかもわからない。工場支部間の連絡不備から食いのばしの決定をしたのである。』と言つたのであるから事実に相違している。右認定に反する申請人本人尋問の結果は措信しない。

(6)  「しかし問題の一六〇人の協定勤務者については、最早や就労しているので仕方がないということで認めることになつた」との記事は、前認定の事実に照し、正しい報道ではない。

(7)  次ぎに『この斗争の間、二一日には工場代表者会議(普通は支部三役と工場三役だが、斗争中労使双方人数は増える)で工場側がスト中にもかかわらず、ヌケヌケと「一部操業の再開をしてくれ。」と提案、しかも組合側より「してもよいではないか」と堂々と述べる者もあり、反対意見が出て一応沙汰止みとなつたが、直後の組合拡斗の席上強硬に反対意見を述べた執行委員が「民主的組合と言うが、おれの反対の意見を何故もつと取り上げてくれないのだ」と大谷委員長につめより、憤激のあまりパンを入れる箱を床に投げ席をけつて退場する一幕もあつた。』との記事について検討する。成立に争いのない疏乙第四号証中の「記事中の問題箇所とその真相」(一ないし四頁)と題する記載部分、証人久野隆の証言、申請人本人、被申請人代表者の各尋問の結果を綜合するに、右記事に照応する事実としては、「同月二四日午前一〇時半頃支部斗争委員会を開き、支部大会の会場決定について討議していた際論議が白熱したので、大谷斗争委員長が議事の進行をはかるため渡辺斗争委員の発言を一寸制止したところ、同委員が自己の発言を封止されたものと早合点して憤慨し、その附近にあつたパンを入れる空箱をけつて一時退場する場面があつたこと。同日午後一時過ぎ工場側より支部に対して代表者会議を設けることの申込があり、支部はこれに応じて工場三役(工場長、技師長、人事課長)と支部三役(大谷斗争委員長、佐伯、久野各副斗争委員長)が会談し、工場側より中央からの連絡によれば、当夜中に必ずストライキが解決する見透しであるから、争議解決後、直ちに操業を開始することができるよう最少限度の人員で操業を準備をして貰いたい旨の申入れがあり、これに対し支部側は組合本部から正式の指令がない限り操業準備をすることができない旨回答し、工場側もこれを諒承し、代表会議終了後支部三役は右のことを斗争委員会に報告した事実のあつたこと。」を認めることができ他に右認定を左右するに足る証拠はない。そうすると右記事は工場代表者会議の行われた日時に誤りがあるのみならず、右会議と同日に行われた斗争委員会とを混淆し、しかも情況をいかにも混乱したかのように描写したものと言われてもやむを得ないと考えられる。

(8) 以上見来つたところによつて考えるに、本件記事はその標題を「揺ぶつた下部労働者」としていることが事実に即した標題といい難いのみならず内容においても支部執行部の斗争心の欠如、意志の不統一、指揮の拙劣を、虚偽の具体的事実を挙げていわんとし、その結果いかにも争議が混乱したかの如く書かれており、若し本件記事が、全繊同盟、鐘紡労組本部を始め前記統一斗争に参加した他労組や経営者から、真実を伝えているものとして受けとられた場合には、支部に対する不信を招来し、対内的にも組合の団結と秩序をみだし、鐘紡労組内における支部の発言力を弱め、爾後の統一行動に支障を来すであろうことは容易に推測されるところである。結局本件記事は支部執行部の威信を傷つけ、支部の名誉を毀損し、支部の秩序、統制を乱すものであると言わなければならない。

(二)  申請人が本件記事の資料を提供したか否かについて、

被申請人は、本件記事の資料を提供したのは申請人であり、かかる申請人の所為は支部規約六二条一号、三号、四号、八号に該当する旨主張しているので以下申請人が本件記事の資料提供者であるか否かを検討する。

(1) 労働組合が労働組合規約に基いて行つた組合員に対する懲戒処分の適否が争われる場合、該懲戒処分が実体上の理由を有するものであることについての立証責任は処分者たる組合が負うべきものと考えられるところ、(疏明)を綜合すると、次の事実を認めることができる。

(イ) 長周新聞は、山口県下の資本主義勢力に対する統一戦線を発展させることを目的とする共産党系の地方機関紙とも言うべきものであり、防府市内にその支局(支局長藤田昭二、共産党支持者)をもつており、全労系に属する被申請人に対しては常に批判的態度をとつているものである。又藤田昭二は防府市内にある「平和友の会」の役員をしているものであり、申請人は同じく共産党を支持している者であつて藤田昭二とは昭和三三年頃からの知り合いで、同じく前記平和友の会の役員をしており、思想的に共鳴し地区労連において時々開催される集会に共に出席したりして交際しているものである。疏乙第四号の中、右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしてたやすく措信できない。

(ロ) 昭和三六年三月、被申請人の定期役員改選に際し、申請人は被申請人代表者大谷泰の対立候補として、支部執行委員長に立候補した。ところがその選挙直前、申請人は会社の配置転換の命令によつて鐘紡スチール株式会社(東京)へ転勤することが決つたため、支部選挙管理委員会は申請人の右立候補を取消した。そこで同年三月一三日申請人は選挙管理委員長宛に、文書をもつて、右取消処置に対する異議申立をなした。ところで、右異議申立書は右選挙管理委員長がこれを保管し、外部には勿論、執行委員にもこれを公開しないでいたのにかかわらず長周新聞同年三月一九日付紙上に右異議申立書の文面をそのまま含む記事が掲載されその後も右事件について、同月二二日付、二九日付で、申請人の右異議申立を支援する趣旨の記事が掲載された。

(ハ) 本件記事が掲載されたことを知つた支部執行部はこれが対策について討議した結果、本件記事が長周新聞にだけしか出ていないこと、その内容が詳細で支部組合員で本件争議に加わつて者でなくては知り得ないことを素材としているから、執行部としては、かねて組合員であつて長周新聞に関係のあることの明らかな申請人に事情を聞けば記事の出所がわかると考え、未だ本件懲罰審査委員会の設置される以前の、昭和三六年一〇月一一日当時の支部執行委員長大谷泰、同書記長久野隆が支部応接間において約一時間にわたり本件記事のニユースソースについて申請人に事情を聞いた際次のような趣旨の問答が交された。

問「あなたはこの記事のことを誰かに話されたことがありますか。」

答「話したことはある。」

問「誰にどういう風に話したか。」

答「誰に話したかはいえない。集まつた時に話した。斗争のはなしを色々した。具体的に話した。」

(中略)

問「この記事は鐘紡労組にどう影響すると思いますか。記事としての評価をあなたはどの様に認識しますか。」

答「全体としては内容についてあやまりはない。組合員に問うてみたら共産党に対し反共的の人はあやまりと言うがその他の人は大会の内容そのままと思う。僕の発言がある。」

(この時神請人は本件記事中『組合員より「協定勤務者(保安、残務整理者)が一六〇人いるというが組合員ははずして臨時工、組でやらせろ、でなければストの意義はなくなる。」という意見が出た。』及び『小山中斗は「一二〇時間以内にストは妥結すると考えて食いのばしをした。支部の実情がよく解らなかつたので調整できなかつた。この度の混乱は支部の責任ではなく中央の責任である。われわれの情勢の甘さとスト妥結再開の時組合員の労働強化にならぬようとの配慮が混乱の原因となつた。」と注目すべき発言をした。』の二ケ所を事実を記載しているものとして指摘した。)

「大会の模様を表現したもので、あの時点ではこの通りであつた。大会の実情を報道したと思う。」

問「この記事の影響力、即ち当支部にとつてよいか悪いか」

答「事実の報道と思う。この時点でよいと思う。誤報とかでたらめと言わず、こんなことをなくするためにしんけんに考えるべきだ。」

(ニ) その後同年一〇月二〇日代議員会において懲罰審査委員会を設置することが決定され、同月二五日右大谷泰から申請人を懲罰被申立人として申立がなされ、申請人に対する審問が前後約五回なされたが、同年一一月五日の審査委員会において審査委員と申請人間に左の如き趣旨の問答がなされている。

問「あなたは私が誰と話そうと個人の自由である云々と答弁書に書いているが、あなたはこの記事に関係したこと(大会、斗争の話)を外部に話したことがあるか。」

答「地区労連で話した。私が誰と話そうと個人の自由を云うのは本件以外のことをさしているのだ。」

問「地区労連の誰に話したか。」

答「いえない。」

問「いつ頃か」

答「さあ、忘れた。」

(ホ) しかるに昭和三六年一一月一六日の本件審査委員会の、審問では次のような趣旨の問答となつている。

問「あなたは参考質問の時に地方労連で話した。だれと話したかは言えないと言つたが言えない理由は」

答「びつくりしますよ。地区労連の吉本さんが大会はどうだつたかと聞いたので大会は終つた。今から寝るばかりだと話した。ウソと思うなら吉本さんに聞いてくれ」

(ヘ) その後同年一一月二一日及び同年一二月二日の審問においても、本件記事に関し外部の人と話したことを否認している。

申請人本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(2)  右(1)(ホ)(ヘ)の申請人本人の供述の信用性について考えるに、前記昭和三六年一〇月一一日及び同年一一月五日の問答における発問は、前後の事情から、申請人が本件記事に関する資料を長周新聞に関係ある人の前で語つたかどうかを知ろうとしてなされていることが申請人に解らない筈がないと推認されるから、これに対する申請人の、「誰に話したかは言えないが地区労連で話した。」という答には信用性があると考えるのが相当である。よつて(1)(ホ)(ヘ)の申請人の答は信用できない。

(3)  本件記事の内容がおおむね真実を報道しておつて、決して虚報でないということは、本件口頭弁論において申請人の終始主張しているところである。

(4) 本件においては叙上(1)(イ)ないし(ニ)の認定事実及び(3)記載の弁論の全趣旨を措いて、他に申請人に対する懲戒訴追事実を認むべき直接の証拠は見当らない。

よつて進んで右徴表事実から前記訴追事実が推認できるか否かについて考えるに、右徴表事実を綜合して考察するも、申請人が地区労連での会合ないし合議の席上で本件記事とほぼ同一の事実(ほぼ同一というのは、申請人本人尋問の結果によれば、申請人は本件争議当時前述の「タレ流し」と「食いのばし」の区別を知つていたこと、申請人は右席上で、被申請人組合が「タレ流し」をしたと語つていないことを認めることができるからである。)が真実に起つたことを告げたことが認められるが、右所為を以て直ちに申請人が長周新聞に本件記事の資料を提供したものとは断じ難い。即ち、そのように断定するには更に、少くともその発表の席上に長周新聞の記者その他の同新聞関係者ないしは共産党系の人が列席し、申請人においてこれを発表すれば当然長周新聞の記事として掲載されるであろうことを認識していたことが立証されなければならないと考えられるところ、本件全証拠をし細に検討するも、右席上に前記長周新聞記者等が列席していた事実すらこれを認めるに足る証拠はない。

この点につき、本件記事が長周新聞に掲載された事実から逆に右事実が推定できると考えることはできない。けだし、かかるニュースを外部に発表した者が支部組合員のうち共産党員ないしその同調者以外にはあり得ないという仮定に立つて考えても、支部組合員の中に共産党員ないしその同調者が申請人以外に存在しないという事実を認めるに足る証拠がないのみならず、却つつて本件懲戒処分の無記名投票において懲戒に賛同のないものが三九七名もおつたことは被申請人の自認するところであり、この事実は支部組合員の中に申請人以外に共産党員ないしその同調者が存在する証左といえなくもないからである。

以上の次第で、申請人が本件記事の資料提供者であるとの被申請人の主張事実を認めるに足る証拠は存在しない。

(三) そうすると申請人が本件記事の資料提供者であることを前提とする被申請人の本件懲戒処分はその他の点の判断をするまでもなく失当であるといわなければならない。

三、そうだとすれば、本件権利停止処分の終期が昭和三七年七月二四日であるから、せつかく申請人が本案訴訟において勝訴判決を得ても、その時には右期間が経過してしまつているおそれがありそうなつては右損害が回復できないことが明白であるから、かかる損害を避けるため、申請人の本件申請を認容するを相当と認め民訴法第八九条第九五条を適用し主文のように判決する。

山口地方裁判所第一部

裁判長裁判官 竹 村   寿

裁判官 井野口   勤

裁判官 中 村 行 雄

別紙「揺ぶつた下部労働者」(省略)

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